永山在兼顕彰碑

Look鹿児島 > 鹿児島地域の史跡・文化財 > 永山在兼顕彰碑

永山在兼顕彰碑
【撮影場所】
鹿児島県日置市東市来町長里
【撮影日】
2010年2月21日/9時01分
【写真情報】
49.5KB/Nikon D300

 永山在兼顕彰碑

 永山在兼氏は、明治二十二年東市来村麓下に生まれ、東京帝国大学土木工学科を卒業した。その時、同郷の先輩吉利智宏氏が北海道開拓に尽くしたことを知って感銘を受け、自分も北海道開拓に尽くすことを決意した。
 大正七年釧路土木出張所長になり、以後十二年間北海道東部地区の開発のため数多くの道路の新設、改良に尽くし、現在の阿寒国立公園の基を築いた。中でも弟子屈町と阿寒湖畔を結ぶ約四十キロメートルの横断道路開さく工事の三年間は、未開の原野と厳しい自然とのたたかいで、特に清水の沢の前後数十キロメートルにわたる断崖は自身の進退をかけた難工事であったが、見事に完成させた。土地の人々は、後にこの道路を「永山道路」在兼氏を「阿寒国立公園の父」と呼ぶようになり、この縁で本町と弟子屈町との姉妹盟約が昭和五十八年に結ばれた。
 在兼氏のこの不屈の開拓精神や未開の地に光をともした人間愛による偉業は、郷土の誇りである。
 よってここに、氏の偉大な功績をたたえるとともに両町の発展を願い、弟子屈町との姉妹盟約二十周年を記念して、この顕彰碑を建立した。
           平成十五年十一月十一日建立
                  永山在兼顕彰碑建立賛同者一同